1985年に日本語はゼロの状態で日本に来た私。英語は学校で習っていたので日常会話はできました。でもとても「英語が使える」と言えるレベルではありませんでした。それにはその頃のインド特有の事情もありました。誤解を恐れず発言させていただきますと、私が学生だった頃は時代として、少なからず反英感情というのがありまして、私自身が英語を習得することにあまり気持ちが入らなかったという事情がありました。もちろん、現代のインドの学生や若者達はそういうコダワリは全くないと思います。そんなわけで、日常会話には困らないものの、自由自在に英語を使いこなすところまでは達していませんでした。少なくともビジネスに支障なく使えるというレベルではなかったです。日本で仕事をするからには本当は日本語を勉強できればよかったのですが、当時は英語以外の言語を母国語にする人のための日本語を勉強する場やツールを手に入れることが困難でした。例えば「日本語−ヒンディ語辞書」などをみつけることができず、ヒンディ語を介して日本語を勉強するという術がなかったんです。実際当時仕事をする上で、会社の社長や日本人の上司と意思疎通を図るためには、とにかく英語をなんとかするのが一番近道でした。まず必要なのは英語。また日本に来たばかりの頃は、いつまでこの国にいるかという見通しがたたないという気持ちもあり、英語はどの国に行っても通用するだろうし。とにもかくにも英語だぞということで。最初はインドからテキストを送ってもらって自分で勉強していました。そんなある日たまプラーザの公衆電話待ちの行列で、オーストラリア人の男性と隣り合わせになりました。まぁ、お互いヒマですからちょっと話をしたりしているうちに意気投合しまして仲良くなりました。公衆電話の順番待ちで何度か会っているうちに、うちに遊びに来ないかってことで、アパートにご招待して、インドカレーをご馳走したんですね。そこでまた話が盛り上がりまして「また遊びに来てよ。インドカレーもご馳走するよ。」という話になったんです。「え?本当本当?!オレ毎日来ちゃうよ。」みたいな展開で。実際その日以降、ほぼ毎日彼は遊びに来ました。夕ご飯を食べながら毎日1時間ぐらい英語で話をしてました。彼が帰宅した後は、自分で1時間ぐらい英語を勉強していましたね。
そんな生活はエンジニアの彼の職場が引っ越すために彼もアパートを引っ越すということで、ご近所さんでなくなるまでの半年間ぐらい続きました。その頃は私も若かったですし、その期間、彼とすごしたおかげでだいぶ英語が上達したんです。私はインド飯を提供し彼は英語を教えてくれて。まさに give&take な関係でしたね。本当は「英語が母国語の彼女ができた」なんて話がネタとしては面白かったんですが、残念ながらそういうのはありませんでしたねぇ。