現在は自分のお店の厨房でインド料理教室を開催している私ですが、もともとは人にインド料理を教えるつもりは全くありませんでした。なぜかと言えば、私はインド料理を簡単に習得したわけではないから。インド料理の世界に入って、ここまでたどり着くまでの #まだまだ頂点には達してません。日々修行が必要だと思っていますよ。道のりは決して簡単ではなかったから。自分の人生をかけて自分自身で習得したものを「これどうやって作るか教えてくれない?」と聞かれて易々と教えられるわけないだろうという気持ちだった。お父さんのお店で働いていた頃は、お父さんやおじさんが普通に仕事を教えてくれました。でもそれは従業員を雇ったら当然ちゃんと働いてもらうために仕事を教えますよね。そういうレベルの「教える」でした。決してイチから手とり足取りインド料理を教えてもらったわけではありません。その後タージグループに就職するわけですが、最初はカレーなんて作らせてもらえないんです。それこそ毎日ひたすら「たまねぎのみじん切り50kg」とかの日々なわけです。ほとんど下拵えと雑用の毎日ですよね。その雑用係りを卒業できたとしても、ホテルのキッチンでは「絶対にカレーの作り方を教えてはくれない」んです。じゃ、ホテルの味をどうやって覚えたんだ?って話になるわけですが…。中には作り方の肝心なところになると「近寄るな」とさえ言われてポイントを見せてくれないシェフもいました。でもほとんどのシェフが「味見」はさせてくれたんですね。(中には味見も禁止の方もいらっしゃいましたが。)で、その味を覚えて自宅に帰ってから、同じ味になるように料理を作ってみる。でもね、そうそう簡単に同じ味は出せませんよ。実際何が入っているのかよくわからない場合もあるわけですから。とにかくシェフの動きを注意深く観察して、食材やスパイスもなにを使っているのかその場で全て覚えるんです。自分だって仕事中ですから、メモを取ったりすることはできないので。毎日ホテルで長時間働いて、帰宅してからは味見させてもらった料理を自宅で再現してみる。試行錯誤の毎日。早朝に出勤して、残業もこなして、帰宅後は料理の勉強。あの頃はハードな日々でした。今考えても自分から自分に「よく頑張ったね」という言葉を贈りたいぐらいの感じです。そんな毎日をすごしているうちに、料理長から実力を認められてほとんど最年少であるにもかかわらず、要人担当に抜擢されたわけです。そんな風にして、インドカレー道を究めてきた私なのです。その原動力はなんだったのかと考えると、やはり自分の父親に対する反骨精神かな。父親の店を辞めてタージグループに就職を決めた時に父親に大反対されたんです。「おまえのような実力でタージで通用するわけがない」「本当の厳しいプロの世界で頑張る根性がおまえにはない」というのが父親の意見でした。今考えると、本気でそう考えていたのか私を鼓舞するために、あえてそう言っていたのか亡くなってしまった今は、真相を知ることはできません。でも自分が同じような立場になってみて、自分の息子の将来を考えると、本気で無理だと思っていたような気がします。私の息子達はその頃の私よりもだいぶ年長ですが、それでも私も自分の父親と同じことを息子に言うと思います。そして、冒頭のインド料理教室の話になるわけなんですが、「絶対にカレーの作り方を教えてはくれない」の記事でもふれているのですが、当初は私がレストランでカレーを作る作り方、それをそっくりそのまま教えるなんていくらお金をもらっても絶対できないと思っていたんですね。でも、プロの料理と家庭料理って全く違うじゃないですか。そうか! 私が厨房で作るまかない料理的なものを、できるだ簡単な失敗のないプロセスで、手に入りやすい材料でアレンジしたものをご紹介すればいいんだな!と。そうは言っても、回数を重ねるうちに、受講生様のリクエストや、私自身の好奇心で、最近はそこそこ手の込んだものや様々なスパイスを使用したものもご紹介しています。今は、日本の家庭でもおいしく作れるインドカレーのレシピを考えるのが、自分の仕事の中でも最も好きな仕事です。